ふと思う。十代後半から今に至るまで、本を読む時間を最も取れていないのが、ここ一年か二年であると。本を読みながら、寝つぶれ、朝まで電灯はつけっぱなし、枕元には本が転がっている。これくらいでないと、読んだ気にもならないというもの。ノンフィクション及び近現代史の本を読むようになり、小説を買う量が激減した。十五年前、シナモンガールを始めるとほぼ同時期だった。兎に角、文章が下手な小説家とその文章が、許せなくなってきた。それはますますエスカレートするだけではなく、形而上学的な殺意を抱くまでにもなっている。新聞雑誌だの、ネットの書き込み、小説以外の本に於いて、文章の稚拙さに言及、激怒することはない。不思議なことでもなんでもない。ある意味、小説には物語性も構築性もいらないとも言える。鋭い文章を書けるだけで、尊敬の念を集めることは可能だ。ただ単に、強いというだけで、観客を集められないのはプロスポーツ。エメリヤーエンコ・ヒョードルは試合内容が凄まじいからこそ、皇帝扱いなのである。長くなるので、ここまで。
「走ることについて語るときに僕の語ること」村上春樹 文芸春秋
「GANTZ」19巻、20巻 奥浩哉 集英社
「日本の一番長い夏」 半藤一利(編集) 文春新書
kamipro116号 エンターブレイン刊
という訳で、ここ一週間の間に買った本がこれである。予算もあるので、なかなか贅沢できない。流石に寝つぶれるわけにはいかないので、猫から監視されつつ、項を繰る次第なのだ。
「走ることについて語るときに僕の語ること」村上春樹 文芸春秋
「GANTZ」19巻、20巻 奥浩哉 集英社
「日本の一番長い夏」 半藤一利(編集) 文春新書
kamipro116号 エンターブレイン刊
という訳で、ここ一週間の間に買った本がこれである。予算もあるので、なかなか贅沢できない。流石に寝つぶれるわけにはいかないので、猫から監視されつつ、項を繰る次第なのだ。
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